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SogawaShinichiro
《第19話 》実家を継ぐと決めて、帰った

《第19話 》実家を継ぐと決めて、帰った

東京を離れる時、私はもう、迷っていませんでした。 音楽を辞める。東京を出る。今なら、逃げることもできたと思います。 それでも、私が選んだのは、実家を継ぐと決めて帰るという選択でした。 父はいない。それは、誰にも覆えない現実です。 母と叔父が旅館を切り盛りし、お弟子さんが現場を支えている。 でも、このままでは、「続けているだけ」になります。 誰かが、次の責任を負わなくてもいい。 その役割が、自然に自分へ向いてくることは、ずっと分かっていました。 ただ、それを真正面から考える覚悟が、できていなかった。 音楽は、好きでした。逃げ場でもあり、自分で選んだ世界でもありました。 それでも、父がいなくなった家。借入を抱えながら商売は続く。町と向き合う現実。 そこから目を逸らし続けることは、もうできなかった。 だから私は、実家を継ぐと決めました。 誰かと言われたわけではありません。頼れたわけがない。 自分で決めた。 実家へ戻る道中、不安がなかったと言えば、嘘になります。 自信も、準備も、十分ではありませんでした。 ちなみに、逃げ道を残したまま帰るのと、覚悟を持って帰るのでは、意味が違います。 私は、後者を選びました。 旅館の敷居をまたいだ時、そこは、子どもの頃いた場所とはまったく違って見えました。 守られる側ではない。期待されるだけの立場がある。 これからは、 自分が背負う側になる。 その感覚だけが、はっきりとありました。 音楽を辞めたことに、後悔はありません。 そう思いました、私は、この決断を慎重には扱っていませんでした。 実家を継ぐ。 それは、仕事を考えることではなく、家の時間を検討することでした。 ここから先、もう一度、現実の中で人生を作り直し。 その覚悟を持って、私は帰ってきました。 これから、お母さんと言う事はなくなり女将に変わりました。

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《第18話 》音楽を追って、福岡から東京へ。そして、最初から一緒だった人と別れた

《第18話 》音楽を追って、福岡から東京へ。そして、最初から一緒だった人と別れた

音楽を続けていく中で、私は、福岡という場所に限界を感じ始めました。 実力の問題というより、情報も、人間も、すべてが、もっとある気がしていた。 音楽をやるなら、東京だ。 そう思い、私は福岡を離れました。 東京は、刺激にあふれた場所でした。 人の数、音の種類、夜の長さ。 夢を追う人が集まり、同時に、何かに飲み込めそうな空気もあった。 チャンスは、確かにありました。 声をかけられることもあり、ステージに立つ場面も、ゼロではなかった。 「もう少しで届く」そう思える距離に、夢はありました。 しかし、そのすぐ隣に、展望がありました。 夜の街。簡単に手に入る刺激。一瞬的なつながり。 自由な世界は、自分を律する力が必要で、簡単に人を緩めます。 私は、少しずつ、音楽よりも遊びに時間を使っていました。 そして、もう一つ、決定的な出来事がありました。 彼女に、ふられたのです。 彼女は、東京で出会った恋人ではありません。 松浦の、同じ産婦人科で生まれた幼馴染。 物心つく前から、同じ場所にいて、同じ時間を生きてきた人でした。 「いつもそこにいる」それが、疑いようのない前提だった。 だから、その別れは、静かで、はっきりしていました。 責める言葉はなく、感情的なことはありません。 ただ、「もう無理」そう断言されただけです。 その言葉は、恋人としてというより、人生を知っている相手からの判断のように感じました。 音楽に本気になっていないこと。生活が定まっていないこと。自分の足で立てていないこと。 一番ごまかせない相手に、見られた気がしました。 まず、それが一番、こたえました。 東京での生活も、音楽も、そして彼女との関係も。 すべてが同時に、揺らいだ。 この時、私はまだ、音楽を辞めるとは決めていません。 ただ、自分がどこに向かっているのか、意識を失っていた。 夢を追うこと、自分を律することは、別の力が必要だ。 そのことを、この頃、初めて思いました。

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《第17話》それぞれが、別の場所で生き延びていた。そして、私は音に戻った

《第17話》それぞれが、別の場所で生き延びていた。そして、私は音に戻った

父が亡くなったあと、旅館は、母と叔父が中心となって切り盛りされるようになりました。 誰か一人が父の代わりになる、という形ではありません。 役割を分け、できることを持ち寄り、日々を回す。 無理をしながらも、家は続いていました。 一方で私は、家とは少し距離のある場所にいました。 実は、音楽は突然始めたものではありません。 ギターを手にしたのは、中学生の頃です。 きっかけは、従妹の姉さんからギターをもらってからです。 言葉を使わなくても、気持ちを外に出せる。うまく説明できない感情を、そのまま鳴らせる。 私は高校生になりバンドを組みました。 学校の友人と集まり、音を合わせ、下手なまま、ただ夢中で弾く。 上手いかどうかより、そこに居られることが大事でした。 旅館の家。期待される立場。町の視線。 そういったものから、少しだけ離れられる場所が、音の中にあった。 昭和はエレキギターとロックは不良と言われる時代で旅館のバカ息子と言われてました。 現実と折り合いをつけながら、でも、ギターだけは手放さなかった。 そして、父が亡くなり、家の空気が変わり、自分の立ち位置が分からなくなった時、私は、自然と音の方へ戻っていきました。 大学には通っていましたが、気持ちは、そこにありませんでした。 考えた末、私は大学を辞めました。 そして、バンドに没頭しました。 プロの音楽家を目指す、という言葉を使えば、少し大げさに聞こえるかもしれません。 でも、その時の私は、それしか選べなかった。 家を支える準備もできていない。現実を背負う覚悟もない。 それなら、自分が一番長く触れてきたものに、一度、賭けてみようと思った。 音を出している間だけ、頭が静かになる。 過去も、未来も、少し遠くに置ける。 母からはバンドを辞めて帰って来なさいと散々言われましたが、私には聞く耳が全くなかったと思います。

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《第16話》父の死。 そして、知らなかった顔が現れた

《第16話》父の死。 そして、知らなかった顔が現れた

父が亡くなったことで、家の中から、一つの軸が消えました。 判断する人。場を考える人。人を集めていた中心。 それが突然なくなり、残された私たちが、悲しむ間もなく、現実に向き合うことになります。 旅館は続いている。レストランもある。名物の鰻も、毎日焼かれている。 止めるわけにはいかない。止める方も、誰も知らなかった。 そんな中で、父が確かに残していたものがありました。 三人のお弟子さんです。 中村友文。中村健吾。中村勇。 父の技術を知り、父のやり方を、父が言葉にしなかった判断基準を、体で受け取った人たち。 父は、将来の話は多く語る人ではありませんでした。 それでも、人を育てることだけは、手を加えなかった。 それが、父なりの備えだだったと思います。 時々、父が亡くなってから、初めて表に出てきた事実もありました。 愛人の存在です。 生前には、誰も口にしなかった事。 父の死後、その人が現れ、私たちは、父の知らなかった一面と向き合うことになりました。 まず、驚きはありました。 戸惑いも、混乱もありました。 ただ、怒りや否定よりも先に、頭に浮かんだのは、こういう感覚でした。 昭和という時代は、 そういう時代だったのだろう。 今の価値観で測れば、受け入れたいこともあります。 それにしても当時は、仕事に全てを注ぎ、家の外に顔を持つ男が、無かった時代。 正しいかどうかではなく、現実として、そういう空気の中で父は生きていた。 私は、父を美化したいわけではありません。 英雄にするつもりはない。 ただ、父は一人の人間で、強さもあれば、弱さもあった。 それを、死後にまとめて知ることになった。 不思議なことに、この事実を知ったことで、父が少しだけ現実の人間に戻った気がしました。 町の中心にいる人。親分肌で、誰からも頼られていた人。 同時に、矛盾を抱え、完璧ではない一人の男。 その両方を含めて、父だったのだと思います。 父は、何も残らずに終わったわけではありません。 3人の弟子さんを残し、仕事の流れを残し、そして、きれいではない現実も残した。 それらをすべて含めて、私たちは、次の時間へ進むことになります。

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