祖父が佐世保まで来ました。
事前に詳しい説明があったわけではありません。
ただ、「会いに来ます」が
伝えられていたように思います。
祖父は、
松浦で旅館を守り続けた人でした。
感情を表に出すタイプではなく、ありがとうや
自分の立場を下げるようなことをする人ではなかったと聞いています。
その祖父が、
佐世保まで足を運び、
頭を下げました。
「旅館に帰って来てくれ」
理由は明確でした。
旅館の経営が、厳しくしていました。
人の手も足りないず、
先行きも見えず、
このままでは続けられない。
家として、
もう一度、力を貸してほしい。
それはお願いであると同時に、
家からの要求でした。
かつて、
強く反対し、
家を出ることになった相手に対して。
その事実だけで、
この出来事の重さは十分だと思います。
私はまだ幼く、
その場の空気を
正確に理解できていたわけではありません。
ただ、
大人たちの表情が、
それまでとは違っていたことは覚えています。
静かで、
張り詰めていて、
簡単な答えが用意されていない空気。
父と母は、
すぐに返事をしたわけではありません。
私たちの生活。ずっと続けてきた仕事。
そして、
家族としての時間。
それらを、一度、置いても、
戻るべきかどうか。
その選択は、
簡単なものではなかったはずです。
両親は松浦へ戻ることを選びました。
ただ、
祖父が頭を下げたこと。
旅館が厳しい状況にあったこと。
ただ、
事実として残っています。
この出来事は、
家族の物語であると同時に、
私の人生の方向性を決めた点でした。
佐世保での生活は、
ここで一区切りします。
そして私は、
再び「家の歴史」の中に
足を踏み入れることになります。