父が亡くなったことで、
家の中から、
一つの軸が消えました。
判断する人。
場を考える人。
人を集めていた中心。
それが突然なくなり、
残された私たちが、
悲しむ間もなく、
現実に向き合うことになります。
旅館は続いている。
レストランもある。
名物の鰻も、
毎日焼かれている。
止めるわけにはいかない。
止める方も、
誰も知らなかった。
そんな中で、
父が確かに残していたものがありました。
三人のお弟子さんです。
中村友文。
中村健吾。
中村勇。
父の技術を知り、
父のやり方を、
父が言葉にしなかった判断基準を、
体で受け取った人たち。
父は、
将来の話は多く語る人ではありませんでした。
それでも、
人を育てることだけは、
手を加えなかった。
それが、
父なりの備えだだったと思います。
時々、
父が亡くなってから、
初めて表に出てきた事実もありました。
愛人の存在です。
生前には、
誰も口にしなかった事
。
父の死後、
その人が現れ、
私たちは、
父の知らなかった一面と向き合うことになりました。
まず、
驚きはありました。
戸惑いも、
混乱もありました。
ただ、
怒りや否定よりも先に、
頭に浮かんだのは、
こういう感覚でした。
昭和という時代は、
そういう時代だったのだろう。
今の価値観で測れば、
受け入れたいこともあります。
それにしても当時は、
仕事に全てを注ぎ、
家の外に顔を持つ男が、
無かった時代。
正しいかどうかではなく、
現実として、
そういう空気の中で
父は生きていた。
私は、
父を美化したいわけではありません。
英雄にするつもりはない。
ただ、
父は一人の人間で、
強さもあれば、
弱さもあった。
それを、
死後にまとめて知ることになった。
不思議なことに、
この事実を知ったことで、
父が少しだけ
現実の人間に戻った気がしました。
町の中心にいる人。
親分肌で、
誰からも頼られていた人。
同時に、
矛盾を抱え、
完璧ではない一人の男。
その両方を含めて、
父だったのだと思います。
父は、
何も残らずに終わったわけではありません。
3人の弟子さんを残し、
仕事の流れを残し、
そして、
きれいではない現実も残した。
それらをすべて含めて、
私たちは、
次の時間へ進むことになります。