旅館とレストランが回り、
売上が伸び、
人の出入りが増えるにつれて、
家の中の時間は、少しずつ変わっていきました。
忙しさは活気でもありましたが、
同時に、
家族が揃う時間を静かに削っていく。
食卓に全員が揃うことは減り、
会話は、
要件だけになっていく。
誰かが悪いわけではありません。
ただ、
止まらなかった。
商売が順調な時ほど、
止まる理由はない。
その前提が、
家の中にも浸透していました。
私は高校を卒業し、
大学へ進学しました。
家を離れ、
外から実家を見るようになっても、
状況は大きく変わらないように見えていました。
父は相変わらず忙しく、
町のことを考え、
人をまとめ、
動き続けていた。
あの人は、
そういう人でした。
ある日、
電報が届きました。
それを見た瞬間、
私は思いました。
祖父だろう。
年齢のこともあり、
もし何かあるとすれば、
祖父だと思った。
父ではない。
父のはずがない。
そう、
疑いもしませんでした。
病院へ向かう途中も、
現実感はありません。
何かの手違いだ。
きっと、そうだ。
そう思ったまま、
病院に入りました。
そこで、
父の顔を見ました。
その瞬間、
足から力が抜けました。
言葉は出ず、
頭も回らず、
ただ、
その場に崩れ落ちた。
電報の文字が、
ようやく現実になる。
あれほど大きかった背中が、
突然、
そこに横たわっている。
親分肌で、
町の中心にいて、
止まらなかった人。
その人が、
もう動かない。
人目を憚らず泣いたのはこの時が最初で最後でした。
その日を境に、
家の中の空気は、
明らかに変わりました。
忙しさで保たれていた均衡が、
静かに、
しかし確実に崩れ始める。
私はまだ若く、
何を引き受けるべきなのかも、
何が終わったのかも、
分かっていませんでした。
ただ、
一つだけはっきりしていた。
父の時代が、終わった。
わずか18年しか一緒にいれなかった。
そして、
次に動く人間が、
必要になるということだけは。