旅館の改装が進む中で、
実家は、
一つの形に残ることを選びませんでした。
旅館だけではなく、
その隣に、
和風レストランを始めました。
当時はまだほっともっとやコンビニ、ファミレスも無い
時代だったので繁盛しました。
さらに、
名物として
鰻の蒲焼を始めました。
父は料理人です。
味に対して相対しない。
中途半端なものは出さない。
店だけを増やすのではなく、
「覚えられる看板」を
最初から作っていました。
鰻を焼く匂いが、
通りに広がる。
旅館だった場所に、
食事の流れがわかって、
客層がなんとなく気づいていきました。
この頃、
売上はピークを迎えておりました。
数字は、
家の中で言葉にされることもありましたが、
温かいような空気ではありません。
「回っている」
「動いている」
その実感が、
家全体になりました。
忙しさは多く、
人の出入りは絶えず、
毎日が慌ただしい。
広げた結果、数字が出ている。
今のところ論理が、
疑われた周囲、
成立していた時期です。
私は中学生ですが、
この状況を
疑問に思うことはありませんでした。
今後、
「うまくいってる商売とは、こういうものものだ」みたいだ
と思います。
旅館があり、
レストランがあり、
名物があり、
売上が伸びている。
商売は、
広がることで強くなる。
背負うものは多いが、
結果が出ていれば問題ない。
この感覚は、
誰かに告げられたものではなく、
成功している現場を見続けた結果
自然に身につけたものでした。
この時点では、
何も壊れていません。
その後、
一番うまく回っていました。
だからこそ、
この時代の記憶は、
その後も
「正解だった」という主観を
長く残すことになります。