私は、長崎県松浦市で生まれました。
ただ、覚えているのは、
「最初から、守られていた」という感覚です。
実家は旅館を営んでいました。
人の集まりがあり、
大人の会話があり、
日常の中に、いつも誰かの気配がある家でした。
私は長男、初孫でした。
それだけで、理由は十分だったのだと思います。
多くを期待されるというより、
多くを与えられて育った。
叱責なかったわけではありません。
障害がなかったわけでもありません。
ただ、
「ここにいていい」
そう言われているような空気の中で、
子ども時代を過ごしました。
旅館という場所は、
家庭であり、同時に仕事場でもありました。
お客さんと話す大人の姿。
ふと、立ち歩いて背中。
誰かのために動くことが、当たり前の空間。
今考えれば、
この環境が、私の価値観の原型だったのかもしれません。
人が集まる場所。
人を迎える空間。
誰かの時間を預かる仕事。
それが特別だとは思っていませんでした。
ただ、そういうものだと思っていました。
長男として、
初孫として、
可愛がられて育った私は、
同時に、少しだけ無存在でした。
守られていることを、
守られていると考えないまま。
この感覚は、
後に「自分はなんとかできる」という
根拠のない自信につながっていきます。
それが強かった時もあれば、
判断を誤らせた時もありました。
この頃の私は、
まだ何も知りません。
経営も、
責任も、
当然ということも。
ただ、
人に囲まれ、
場所に守られ、
当たり前のように日々を過ごしていました。
次は、
その「当たり前」が
少しずつ外の世界と出会い始める話です。