松浦に戻ってから、
私は町の人たちから
「お坊ちゃま」と呼ばれることがありました。
旅館の御曹司。
代々続いてきた家。
名前を知っている大人が多い環境。
特別なことをしたわけではありません。
ただ、
そういう立場として見られていた。
町の人は、
優しく、
そして、少し甘かった。
できたことは褒められ、
失敗しても、
大きく叱られることはない。
どこかで、
「大丈夫だよ」
という空気が、常にありました。
私はそれを、
特別だとは思っていませんでした。
そういうものだと思っていた。
でも今振り返ると、
確かに、
おだてられて育ったのだと思います。
調子に乗っていた、
というよりも、
疑わずに受け取っていた。
自分は、
なんとかなる側の人間だ。
理由は説明できないけれど、
そう感じていた。
この感覚は、
自信というより、
前提でした。
努力しなくてもいい、
という意味ではありません。
ただ、
失敗しても、
誰かが受け止めてくれる。
その安心感が、
いつも背中にあった。
町の中で、
顔を覚えられ、
名前を呼ばれ、
期待される。
それは、
子どもにとって、
心地いい環境です。
同時に、
現実の厳しさを
まだ知らなくていい環境でもありました。
この頃の私は、
立ち止まって考えることより、
流れに乗ることを覚えていきます。
「期待されている自分」
「大丈夫だと思われている自分」
その像に、
自然と寄っていく。
後になって、
この感覚は、
私の判断に
大きな影響を与えることになります。
良い意味でも、
悪い意味でも。
松浦での生活は、
穏やかで、
守られていました。
そして、
その穏やかさの中で、
私は、
世の中の厳しさを
まだ知らずにいました。